糖鎖とレクチンの機能形態学
“糖”と聞いて何を思い浮かべますか?
多くの方は“グルコース(ブドウ糖)”が頭に浮かんだのではないでしょうか?グルコースは私たちの体のエネルギー源となる重要な物質です。一方、自然界にはグルコース以外にも多くの糖が存在しています。炭素を6つもつものを六炭糖(グルコース、ガラクトース、マンノースなど)、炭素を5つもつものを五炭糖(フコース、デオキシリボース、リボースなど)といい、シアル酸のように炭素を9つもつ糖もあります。これらの糖は食物を介して体内に取り込まれ、エネルギーとして利用されたり、生体を構成する“糖鎖”として機能したりします。
糖鎖はその名のとおり、糖がつらなって鎖状になったものです。生体内では、糖鎖のほとんどはタンパク質や脂質に結合した形(複合糖質といいます)で、細胞表面や細胞間基質に分布しています。糖鎖の構造は、細胞の種類や状態により異なっており、癌細胞や血清タンパク質の糖鎖修飾パターンの変化は、癌の診断や悪性度の評価に有用であり、多くの研究が行われています。
糖鎖が機能するためには、特定の糖鎖構造を認識する「レクチン」と呼ばれるタンパク質が必要です。レクチンは、細胞表面や細胞間基質に存在する糖鎖を認識して相互作用することにより、細胞の接着や移動、分化、増殖、アポトーシスなどさまざまな生命現象を調節します。
糖鎖とレクチンの研究は、癌や免疫反応など病態に関与するものが多く、生理的な機能制御における役割は不明な点が多く残されています。その中でも、生殖・内分泌領域における糖鎖・レクチン研究はほとんど行われていません。
機能を知るには、「注目する分子が生体内のどの臓器のどの細胞に発現しているのか」を知る必要があります。特定の細胞に特定の時期に発現する分子は、その細胞の機能制御に重要な役割を果たすことを示唆します。レクチンや糖鎖の局在を知ることはこれら分子の生体内での機能を知る重要な手がかりとなります。私達は形態学的解析により得られた情報を軸として、糖鎖とレクチンの機能解明に挑みます。
ガレクチンとは
糖鎖と相互作用するタンパク質をレクチンといいますが、認識する糖鎖構造の違いによりいくつかのグループに分類されています。私達が注目する「ガレクチン」は、β型結合したガラクトースを認識するレクチンで、哺乳類ではこれまでに15種類のサブタイプが同定されています。これらは構造から、プロト、キメラ、タンデムリピートの3つに分類され、生体内に広く分布します(図1)。

最もよく研究されているサブタイプは、galectin-1とgalectin-3で、そのほとんどは癌や免疫反応に関与する研究です。ガレクチンは、ガラクトースとN-アセチルグルコサミンが結合したN-アセチルラクトサミン構造(LacNAc)に強く結合しますが、サブタイプにより認識する糖鎖構造に違いがあります。例えば、galectin-1は、α2,6シアル酸修飾をうけたガラクトースを認識することができず、galectin-3はLacNAcの繰り返し構造(Poly-LacNAc)に強く結合します(図2)。ガレクチンが認識する糖鎖構造は、糖タンパク質、糖脂質、そして、細胞間基質に存在するグリコサミノグリカンなどあらゆる複合糖質に存在します。ガレクチンのリガンド糖鎖構造のシアル酸、フコース、硫酸基などによる修飾はガレクチンとの相互作用に影響を与えることから、ガレクチンとリガンドとなる複合糖質の動態を詳細に解析していくことで、生体の機能がどのように制御されているか、また、どのような状態に陥ったときにその機能が阻害されるかを知ることができます。

Poly-LacNAc構造は、N結合型糖鎖の4本目の分岐やCore 2 typeのO結合型糖鎖によくみられる構造です。4本目の分岐の合成に関与する酵素はMgat5、Core 2 typeのO結合型糖鎖を合成する酵素はC2GnTであり、ガレクチンと密接に関与することが予想される糖転移酵素です。また,α2,6シアル酸を転移する酵素はST6GAL1です。
私達は、生体内におけるガレクチンとそのリガンド複合糖質の役割を明らかにするため、主に以下の研究テーマについて、研究を行っています。
主な研究テーマ
ガレクチンの組織学的な地図作り
Histological mapping of galectins(詳細)
本研究では、ガレクチンを発現する細胞を主にマウスを用いて形態学的に明らかにします。黄体の機能制御メカニズムとガレクチン
Galectins in the corpus luteum(詳細)
galectin-1とgalectin-3は、ヒト、ウシ、マウスの黄体に発現し、その発現は黄体の機能に密接して変動します。本研究では、黄体の機能制御メカニズムにおけるガレクチンとリガンド糖鎖の役割を明らかにします。生殖-内分泌制御とガレクチン
Galectins in the reproductive-endocrine system(詳細)
galectin-1とgalectin-3は、卵管、子宮、膣などの卵巣以外の雌性生殖器にも発現しており、卵巣からのステロイドホルモンの影響により、ダイナミックに変化します。また、私達は内分泌制御の中枢である脳下垂体にもgalectin-3が細胞特異的に発現することを見い出しました。本研究では、生殖内分泌器官におけるガレクチンの役割を明らかにするとともに、全身の生殖-内分泌制御メカニズムにおけるガレクチンとリガンド糖鎖の役割を明らかにします。神経の損傷と修復メカニズムにおけるガレクチンの働き
Role of galectins in regeneration of damaged nerve fibers(詳細)
遺伝子病制御研究所の村上正晃教授との共同研究により、多発性硬化症のモデルマウスであるEAEマウスにおいて、galectin-3が病態の進行と終息に伴い、特定の細胞に発現することを見い出しました。本研究では、神経組織の損傷と修復過程におけるガレクチンの役割を明らかにすることを目指します。糖鎖を形態学的に解析する技術の確立
Establishment of the histological techniques to analyze the detailed localization of glycoconjugates(詳細)
形態学の分野では古くから植物レクチンを用いて組織切片上の糖鎖の局在を解析してきました。しかし、植物レクチンは特異性が高いとはいえず、詳細な糖鎖の局在を簡便に解析する手法は未だ確立されたとは言えません。本研究では、培養細胞や切片上で糖鎖の局在を詳細に解析する手法の確立を目指します。
糖鎖研究や形態学的解析に興味のある学生さんや共同研究者を歓迎します
糖鎖やレクチンに興味のある学生さんを歓迎いたします。また、形態学的解析技術を学びたい大学院生や研究者の方のご相談にも応じます。さまざまな分野の研究者との共同研究を通じて、私のもつ形態学的解析技術の提供と自らの知識および技術の向上に努めたいと思っています。
得意とする解析技術: 組織切片の作製、組織染色、免疫染色、in situ hybridization法、電顕観察(透過型・走査型)、免疫電顕観察
連絡先はこちら→ niojun@(@以下は下記の通り: med.hokudai.ac.jp)
共同研究を実施している研究者の方々
- W. Colin Duncan 教授
(Centre for Reproductive Health, QMRI, エジンバラ大学) - 工藤 正尊 准教授
(北海道大学 大学院医学研究院 産婦人科学教室)
Duncan先生、工藤先生とはヒト黄体に関する共同研究を実施しています。 - 比能 洋 教授
(北海道大学 先端生命科学研究院 先端生体制御科学研究室) - 奥田 徹哉 主任研究員
(産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 バイオデザイン研究グループ)
比能先生、奥田先生とは糖鎖構造解析に関する共同研究を実施しています。 - 岡松 優子 講師
(北海道大学 大学院獣医学研究院 生化学教室)
岡松先生は褐色脂肪細胞がご専門で、形態学的解析を通して勉強させていただいています。 - 村上 正晃 教授
(北海道大学 遺伝子病制御研究所 神経免疫学分野)
ゲートウェイ反射など 神経と免疫をテーマに興味深い研究を繰り広げられている著名な先生です。電顕解析などを通して勉強させていただいています。 - 芳賀 永 教授
(北海道大学 大学院先端生命科学研究院)
癌細胞の動きと形態に関する共同研究を実施しています。 - 稲垣 瑞穂 助教
(岐阜大学 応用生物科学部 食品素材科学研究室) - 小林 剛 教授・金井 裕太 講師(大阪大学 微生物病研究所 ウイルス免疫分野)
稲垣先生、小林剛先生、金井先生とはロタウイルスの増幅メカニズムについて、共同研究を行っています。
所属学会
日本解剖学会、日本糖質学会、日本繁殖生物学会、日本獣医学会
受賞歴
- 平成27年度 日本解剖学会奨励賞、2016年3月
- 第35回 高桑榮松奨学基金奨励賞、2016年3月
- Annual Conference of Society for Reproduction and Fertility、ポスター賞2位、2012年7月
- 日本獣医解剖学会 学術奨励賞、2004年9月
留学体験記を実験医学に寄稿しています。ご興味のある方はこちらからどうぞ