人や動物の精神機能や生体活動は、脳を中心とした神経細胞(ニューロン)のネットワークによって実現されています。その作動原理を理解し、疾病や障害などへの対応を可能とするためには、その構成要素となるニューロンの種類とそれぞれの性質、神経結合(配線)のルールをまず理解する必要があります。その前提の下で、組織学的手法と電気生理学的手法を様々に組み合わせ、細胞レベルから脳の領域レベルでの、物質的・情報的つながりを明らかにするための研究を行っています。
ラット大脳皮質前頭野の研究
哺乳類の大脳皮質を構成するニューロンは、様々な脳部位に情報を伝達する投射型の「興奮性」錐体細胞が8割を占め、残り2割が、局所的に他の神経細胞の活動を調節する「抑制性」介在細胞だとされています。抑制性介在細胞は形も生理的性質も多様であり、複数のサブタイプに分けることができるとされていますが、錐体細胞と比較して数が少ないこともあり、研究がしづらいという事情がありました。そこで、当時としては珍しい、遺伝子改変ラットの作成により、脳の全抑制性ニューロンが緑色蛍光タンパク質を発現し、標識される様にしました。この動物を利用して、免疫染色法によって分類できる介在細胞サブタイプの電気的性質や構成割合を、ラット大脳皮質前頭野で調査しました。(Fig. 1)
介在細胞と同様に興奮性錐体細胞もさらにサブタイプに分類できますが、介在細胞と異なり有用な発現物質(もしくは発現遺伝子:免疫染色法やin situ hybridization法で標識ができる)がなかなか見つかっていません。その代わりに、軸索の投射先が分類の手がかりであることがわかって来ていたので、細胞体を軸索から逆行性に標識する神経トレーサーをラット脳の各部位に注入し、大脳皮質前頭野での分布、標識の重なりの関係からサブタイプ分類しました。(Fig.2)
さらに、分類した錐体細胞サブタイプ間での、シナプス結合ルールを2細胞の同時パッチクランプ記録により調査し、一定のルールを見つけました。(Fig.3)
聴覚に係る神経回路の研究
ニューロンのつながりの中で伝達されていく情報は、どのように信号処理され、結果的にそれがニューロンの活動をどのように変化させるのでしょうか。動物に音を聞かせ、その際に生じる神経活動を調べることで、聴覚情報が処理された結果の神経活動を捉えることができます。大脳皮質には音情報を処理する領域(聴覚野)があり、研究も多くなされていますが、その情報が大脳皮質錐体細胞により投射された先で、どのように用いられるのかについてはまだあまりわかっていません。 ほぼ全ての大脳皮質領域は、その情報を皮質下の大脳基底核や視床に情報を送ります。現在私はそのひとつである大脳基底核・淡蒼球外節に着目し、音刺激によって引き起こされる神経活動を、ニューロンサブタイプや神経結合について考えながら研究を行っています。(Fig.4)